Judit Kawaguchi

Words to Live by: お掃除の方 小林としえさん

Words to Live by 小林としえさん
Interview by Judit Kawaguchi
Translator: Natsu Kawakami
Approved By Toshie Kobayashi

小林としえさん(86) は14歳の頃からずっと週に6日働いている。
1980年代にデジタル機器が植字機に取って代わるまでは、優秀な植字工として勤務していた。54歳で清掃サービスに登録してからは、百貨店、出版社、保険会社などで床を掃いたりモップをかけたり、ゴミ箱を空にするといった仕事を続けている。
現在小林さんは都内の高級高層マンションを担当。熱心なグルメでもあり、午後の空き時間にはデパートの食料品売り場を歩き回って美味しいものを探している。

昔は独身が恥ずかしいとされていたでしょう。いつも両親の世話をするために独身でいるんだと言ってましたけど、それはウソ。本当は、家にいて食事を作るだけの主婦になりたくなかったんです。

自殺は周りの人の命も一緒に奪ってしまうようなもの。私は今でもレスリー・チャン(香港の歌手/俳優)のことを考えるんです。彼のコンサートには2回行って、東京国際フォーラムの外で彼が出てくるのを待ちました。冬のとても寒い時期で、なかなか出てきてくれなかった。やっと彼の車が現れた時、私の足は凍りついていました。私が手を振ると、彼も私に向かって手を振って、微笑んでくれたんですよ。

技術を身につけると、世界が広がるんですね。私は植字のスピードがとても速かったから、39年間植字の仕事をした中で6回か7回ほかの印刷会社に引き抜かれて職場を替えました。それ以外にもアルバイトで電話帳を作るなんて大変な仕事もありました。収入は良かったし、とても楽しく暮らしました。

Toshie Kobayashi photographed by Judit Kawaguchi
Kobayashi Toshie photographed by Judit Kawaguchi

身体は脳より反応が速いんです。活字の前に立つと、どの漢字を取ろうかと頭で確認する前に自分の手が伸びていました。身体が機械みたいに動いて、頭が手足についていこうとするみたいでした。

活字はたくさんのことを伝えてくれます。同僚で、10年間隣りで働いていた男性がいました。当時私は20代、彼は40代。彼は完璧でした。私にないものを全て持っている人。でも彼には妻がいて、私たちは一緒にはなれなかった。この話はまだ誰にもしたことがないんです。彼は、毎日活字で文章を作っては箱に入れ、それを床に置いた。私はそれを拾い上げて読みました。「元気ですか。いい詩が書けました。読んでみてください。」私もそれに応えて、箱に活字を入れました。「気に入りました。ありがとう。」 言葉を交わすことはほとんどなかった。一度だけ、マーロン・ブランドの「波止場」を観に行ったけれど、手も触れなかった。彼は私に本を持ってきてくれて、私はお餅をあげた。彼が亡くなった時は息子さんがお通夜に呼んでくれて、奥さんにはお葬式にも出席してくださいと言われましたよ。

バスが遅れてきたほうがいいこともありますよね。最近じゃいつも時間通りだけど、おかげで人と知り合うこともあまりなくなってしまって。昔はよくバスのストライキがあったから、みんなでバスを待ってたんですよ。バスが来ないと、「それじゃ何か食べに行きましょうか」ってことになって。そんなふうにしていろんな人に会いましたね。

ある日、バス停で近くのビルを掃除してる女性2人に会ったんです。それ以来、いつもお昼ごはんを一緒に食べるようになりました。大抵は仕事の話ですね。話すと心の掃除になるでしょう。

日曜日は仕事がないから好きじゃないですね。私のような年寄りには、
労働が唯一の活動みたいなものですから。身体を動かさないとね。そうじゃないと、
身体が硬くなって痛くなりますよ。

いい男はみんな映画に出てるか、死んでるか、その両方。ロバート・テイラー、佐田啓二、ゲーリー・クーパーなんかは気絶するぐらい色男でしたよ。夢と現実が違うのは分かってますけど、別にいいでしょう?夢を見てるほうが楽しいんですから、私はやめませんよ。

しわがないのは心が子供だからでしょうね。

IMG_3694 Toshie Kobayashi photographed by Judit Kawaguchi

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Toshie Kobayashi photographed by Judit Kawaguchi
私は働く女性としてすばらしい人生をおくってきました。差別や嫌がらせは感じたことがありません。男性と一緒に働きましたが、からかわれた時は冗談として受け止めました。私もからかいましたし。どんなことでも、考え方を変えれば解決できるんじゃないですか。

犯罪が起きる時、時には被害者にも責任があると思いますよ。騙されているとわかっていても、悪徳商法から逃れるのは難しいんです。販売員は魅力的だしあきらめませんから。顔のマッサージをたった1000円で受けさせてくれるなんて、もちろん本当だとは思いません。でも、腕を取ってお店に連れて行かれると、どうしても断りきれなくて。4本で6800円もする健康ドリンクを月に2回取らされることになったこともあるんですよ。

建設ラッシュだとか言いますけど、経済は悪くなってるような気がします。3年前は自給1000円だったのに、今は950円。1日4時間の勤務だったのが、4月からは経費削減のために同じ仕事を3時間15分でやってくれと言われたんです。

若さを保つ秘訣は挑戦すること。トイレから大理石の床まで、ロビーの周りを全部掃除して、そのあと19階から2階までのごみ箱を回ってごみを集めて。それから裏の出入り口をきれいにして、落ち葉を掃いて。最後にプラスチックごみと紙ごみの分別をやるんです。全部を4時間でやるのも大変でしたけど、もっと効率的なやり方を考え出したから、同じ仕事でも早く終わるようになりましたよ。3時間15分。たいしたことじゃないんです。

私はたくさん食べられるように働いてるんです。お惣菜は絶対にスーパーじゃなくてデパートで買うようにしています。小さいパックは私みたいな独身にぴったり。日本各地はもちろん世界中の有名レストランの美味しいものが買えるでしょう。甘いものに2000円、ほかのものに2000円ぐらい使うんですよ。高島屋と松屋銀座がいいですね。

人生はすばらしいです。私は自立しているし、健康で仕事もある。友だちもいるし、くつろげる部屋があって、ケーブルで古い映画も見られるし。私はとても幸せなんです。長生きしたいですね。

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いい男はみんな映画に出てるか、死んでるか、その両方 — 小林としえさん